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はしのした
橋の下
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1958(昭和33)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,189 字 · 25 页
老人はまた鍋の蓋をとり、杓子で中のものを掻きまぜた。まえよりも濃い湯気が立ち、なにかの煮える香ばしい匂いが、まえよりもつよくあたりにひろがった。
「この足が痛風にかかり、乞食をしてまわるようになってから、私はしばしばあのときのことを考えるようになりました」老人は鍋に蓋をし、溜息をついて云った、「はたし合を挑むほかにやりかたはなかったろうか、どうしても娘を自分のものにしなければならなかったのだろうか、――少年のとき、怒ってたち去る私のあとから、友達は黙ってついて来ました、私が帰れとどなっても、やはり辛抱づよくついて来て、そうして、友達だから、と云いました、だって友達だから」
老人は頭を垂れ、垂れた頭を左へ右へとゆり動かした。焚火の明りをうけても、もう光りをみせなくなった灰色の薄い髪毛が、乾いたまま心もとなく揺れた。老人は薪をくべ、長い溜息をついて、静かに顔をあげた。
「あのとき友達のところへゆくまえに、茶を一杯啜るだけでも、考えが変ったかもしれない、堀端を歩くとか、絵を眺めるとか、ほんのちょっと気をしずめてからにすれば、事情はまったく変っていたかもしれません、そうでなくとも、あの少年時代の、うしろからついて来る足音、落葉を踏みながらついて来た足音や、友達の云ったあの言葉を思いだすだけでもよかったのです」