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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

03 第三部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 117,781 字 · 235 页

青空文庫

君の兄さんも、それで教えなかったんだな。僕、うっかりしていた。」

次郎は、変な顔をして、

「どうして教えてはいけないんです。」

「ついこないだ、先生にそう言われたんだ。はじめての人には、文字だけは教えてやってもいいが、意味は、一応めいめいに考えさしてみるがいいって。……僕たちが会員になった時には、真っ先に先生にそれを説明してもらったもんだがね。」

次郎は、そう言われると、もう強いて教わろうという気がしなかった。彼は、もう一度額の字を見つめた。そして、何度も、口の中で「白鳥芦花に入る」をくりかえしていた。

佐野は、次郎の様子をにこにこして眺めていたが、

「そうせっかちに考えたってわからんよ。すいぶんむずかしいんだから。それよりか、どうだい、あの掛軸の方は。あの方なら、字が読めさえすれば、意味はだいたいわかるよ。」

次郎は、返事をしないで、そろそろと掛軸の方に眼を転じた。しかし、心はまだ額の字に未練を残しているらしかった。

「読めるかい。」

「読めません。どこから読むんです。」

「あのまん中の大きく書いたところから読むんだよ。」

佐野は立ちあがって掛軸のそばに行き、一字一字、指で文字をたどりながら読んでやった。