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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

05 第五部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,443 字 · 398 页

青空文庫

」

恭一が道江にたずねた。

「あの日は、あたし、お台所でお手伝いをしていましたの。」

「お給仕には出なかった?」

「ええ、おばさんに出るように言われたんですけれど、あたし、とうとうしりごみしちゃって。……でも、あの時は、男の学生ばかり、三十人もならんでいらしったんですもの。」

「すると、先生がたのお顔も今日がはじめてなんだな。」

「そりゃあ、お顔だけは存じていましたわ。あのとき拝見したんですもの。」

「のぞき見したの? どこから?」

「はしご段のところからですわ。ほほほ。」

みんなが笑った。次郎も笑ったが、苦しそうだった。何でもない会話ではあったが、そうした対話が、自分を中にはさんで、二人の間にすらすらと取りかわされるのをきいていると、次郎は平気ではいられなかったのである。

そのあと、話は、そのころの思い出で、つぎからつぎに花が咲いた。共通の話題は、いつまでたってもつきなかった。次郎をのぞいては、だれもが雄弁だった。そして、次郎がとかくだまりこみがちになっても、それは全体の話の流れには何のさまたげにもならないかのようであった。

道江の言葉づかいは、以前に変わらず素直で、すこしも才走ったところがなかった。