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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

05 第五部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,443 字 · 398 页

青空文庫

次郎は、むろん、それに気がついていた。かれは、しかし、あくまでも眼を先生と恭一とのほうにそそぎ、熱心に二人の話に聞き入っているかのように装った。

「ねえ、次郎さん――」

と、道江が、とうとう身をすりよせるようにして、小声でいった。

「お手紙、どうして一度もくださらなかったの?」

次郎はちらっと道江の顔を見たが、その眼はまたすぐ恭一のほうにそそがれていた。そして、かなり間をおいて、

「べつに用がなかったからさ。」

と、ほかの人にきこえるのをはばかるような、ひくい声でこたえ、頬を紅潮させた。

まもなく朝倉夫人が玄関口までもどつて来て、言った。

「おひるは本館のほうに用意しておきますわ。あと三十分ほどでしたくができますけれど、それまでに、お二人に館内をご覧いただいたら、どうかしら。恭一さんも、まだ本館のほうはよくご存じないんでしょう。次郎さん、すぐご案内してくださいよ。」

次郎はふすまを半分あけて夫人にこたえたが、むろん気はすすんでいなかった。かれは夫人の足音が消えると、恭一を見て、

「本館を見る? もうたいてい知っているだろう。」

「くわしくは知らないよ。いつも、塾生たちのじゃまをしてはいけないと思って、先生の室と、君の室よりほかには、はいったことがないんだ。