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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

05 第五部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,443 字 · 398 页

青空文庫

さえたてられているのである。

次郎がこの人の顔をはじめて見たのは、第七回目の開塾式の時であった。その日、かれは玄関で来賓の受付をやっていた。受付といっても、いつもなら来賓はほんの六七名、それも創設当初からの深い関係者で、塾の精神に心から共鳴している人たちばかりだったので、かれにはもう顔なじみになっていたし、ただ出迎えるといった程度でよかったのである。ところが、その日は、いつもの来賓がまだ一名も見えていない、定刻より三十分以上もまえに、一台の見なれない大型の自家用車が玄関に乗りつけた。そして、その中から、最初にあらわれたのは、眼の鋭い、四十がらみの背広服の男だったが、その男は、車のドアを片手で開いたまま、もう一方の手を中のほうにさしのべて言った。

「着きました。どうぞ。」

すると、中のほうから、どなりつけるような、さびた声がきこえた。

「ゆるしを得たのか。」

「は。……いいえ。」

「ばかッ。」

次郎はおどろいた。そして、思わず首をのばし、背広の男の横から車の内部をのぞこうとした。しかし、かれがのぞくまえに、背広の男はもうこちらに向きをかえていた。そして、てれくさいのをごまかすためなのか、それとも、それがいつものくせなのか、変に肩をそびやかして、玄関先のたたきをこちらに歩いて来た。