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しのぜんご
死の前後
豊島 与志雄
「経済往来」1933(昭和8)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,273 字 · 35 页
それらの肉体的な特長に対して、坪井は一種の恐怖と反撥とを覚えて、七千円の包みを抱えながら、静かに室を出ていった。
街路に出て、大きく息をついたとき、坪井は軽い眩暈を覚えた。春の陽光が空に満ちて、その反映のため、大建築の立並んでる丸の内のオフィス街は水中にあるかのようだった。彼は円タクを呼止めるのを忘れて、ぼんやりつっ立った。その時彼の意識の中は、広漠たる空白で、而もその空白のなかに無数の超現実的な映像が立罩めていた。後になって彼は、そうした頭脳の働きを、自分の非社交的な性格の根柢に関係があるものだとし、人工に対する自然の反逆の癲癇的発作だと称した。がそれはとにかく、彼はその時、無数のビルディングの屋根をはぎ壁をはいで、その内部を素裸にして眺めた。出勤時刻のサラリーマン階級の群像が、その上につみ重った。依田賢造の顔が大映しになって前景に浮出した。彼はたえ難い寂寥を覚えた。その寂寥のうちに、肉体的とも精神的ともつかない嘔吐の気を感じた……。
それはただ一瞬間のことだった。彼はすぐに自分自身を見出し、落付いた気持に返った。嘲笑的なものが顔の筋肉を和らげた。