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しまでをかたる

死までを語る

直木 三十五

「話」1933(昭和8)年9月号~1934(昭和9)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 42,739 字 · 85 页

青空文庫

家族は、それでも同じで、妻、妾、子二人、家二軒。だから、いつも、ぴいぴいであった。そして「南国」が終る時分から、肺病にかかったから

「おれが入院すりゃ、明日から家族は食えなくなる。小さい家でも建てて、気長に、養生でもせぬと」

それで、七年の夏から、金沢に、四十七坪の、ほんの小さい家――書斎、次の間、茶の間、子供、女中の五間――何うだ、玄関もないし、客間も応接間もない、ほんの家族が、それぞれの部屋をもってるというだけの家を建てかけた。

所が、よく考えてみると、この話に出てくる父が、大阪で健在である。しかし、もういつ引取らなくてはならぬかも知れぬから、父の部屋を――と考えると、それが無い。それで、別に、私の書斎を、ドライコンストラクション式で、建てることにした。

所が、七年度の収入だから、月千二三百円である。前年まで、ようよう食えるか、食えぬかであったのだから、それだけの金が、全く一文も残らない。

妾宅、即ち、木挽町へ二百円(家賃百円、文藝春秋の倶楽部で、その頃は私が一切経費を出していた)、己の所が三百円(家賃は七十五円)、私の小遣、二三百円(交際費、貸金、旅費等々)として、建築費に廻るのが、五百円位の予算になった。