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ころされたてんいちぼう

殺された天一坊

浜尾 四郎

「改造」1929(昭和4)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,716 字 · 27 页

青空文庫

信じまい、信じまい、という時は過ぎ去りました。最早信じまいという事実を信じなければならぬ時が参ったのでございます。

私が初めに、真に御奉行様が御役目の大切な所をお掴みになろうとお苦しみ遊ばしたと申し上げました時は、実に此の時なのでございました。

では何故ああ迄、天一坊を偽者とお信じになりたかったのでございましょうか。

之は色々に考えられますのでございますが、私が今思いますのは全く「天下の御為」という事からではなかったのではございませんでしょうか。

つまり、御奉行様は天一坊の性質をお危ぶみになったのでございます。私には詳しい事は判り難ねますけれども、若し天一坊を公方様の御胤と認める時は、必ず天一坊は相当の高い位につかれるに相違ございませんのです。只今の世は太平とは申せ、位に似つかわしくない人間を或る力のある位置におく事が、どんなに恐ろしいものであるかという事を御奉行様は御考えになったのでございます。今まで全く微力だった人間に、不意に高い位置と大きな権力とを与える事は仮令それが当然の筋合であろうとも、その人間の性質によってはどんなに危険なものであるかをお考え遊ばしたのではございませんでしょうか。