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ぼしじょじょう
母子叙情
岡本 かの子
「文学界」1937(昭和12)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,355 字 · 153 页
かの女は断髪を一筋も縮らせない素直な撫でつけにして、コバルト色の縮緬の羽織を着ている。――何という静かな単純な気持――そこには逢わない前のややこしい面倒な気持は微塵も浮んで来なかった。一人の怜悧な意志を持つ青年と、年上の情感を美しく湛えた知識婦人と――対談のうちに婦人は時々母性型となり、青年はいくらかその婦人のむす子型となり――心たのしいあたたかな春の夜。そうした夜が三四日おきに三四度続くうち、かの女は銀座で規矩男のあとをつけた理由を規矩男に知らせ、また次のような規矩男の身の上をも聞き知った。
外交官にしては直情径行に過ぎ、議論の多い規矩男の父の春日越後は、自然上司や儕輩たちに好かれなかった。駐在の勤務国としてはあまり国際関係に重要でない国々へばかり廻されていた。
任務が暇なので、越後は生来好きであった酒にいよいよ耽ったが、彼はよく勉強もした。彼は駐在地の在留民と平民的に交際ったので、その方の評判はよかった。国際外交上では極地の果に等しい小国にいながら、目を世界の形勢に放って、いつも豊富な意見を蓄えていた。求められれば遠慮なくそれを故国の知識階級へ向けて発表した。