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ぼしじょじょう
母子叙情
岡本 かの子
「文学界」1937(昭和12)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,355 字 · 153 页
この芸術都市の芸術社会に深く喰い入っていた。今更、これを引離すことは、勢い立った若武者を戦場から引上げさすことであり、恋人との同棲から捩ぎ外すことだった。(巴里のテーストはもはやむす子の恋人だった。)それを想像するだけで、かの女は寒気立った。むす子にその思い遣りが持てるのは、もはやかの女自身が巴里の魅力に憑かれている証拠だった。
ふだん無頓着をよそおっている逸作も、このときだけは、妙に凄い顔付きになっていった。
「巴里留学は画学生に取っていのちを賭けてもの願いだ。それを、おれは、青年時代に出来なかった。だから、おれの身代りにも、むす子を置いて行く」
だが、こう筋立った逸作の言葉の内容も、実は、かの女やむす子と同じく巴里に憑かれた者の心情を含んでいた。人間性の、あらゆる洗練を経た後のあわれさ、素朴さ、切実さ――それが馬鹿らしい程小児性じみて而も無性格に表現されている巴里。鋭くて厳粛で怜悧な文化の果てが、むしろ寂寥を底に持ちつつ取りとめもない痴呆状態で散らばっている巴里。真実の美と嘆きと善良さに心身を徹して行かなければいられない者が、魅着し憑かれずにはいられない巴里――だが、そこからは必ずしも通俗的な獲物は取り出せないのだ。