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みずとりてい
水鳥亭
「別冊文藝春秋 第一五号」1950(昭和25)年3月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,705 字 · 62 页
しかし、訪う人の声によって彼であることを確めると、もうダメだ。亮作は感動だけのカタマリであった。胸の鼓動は羽ばたいて彼を裏戸へ走らせ、老いの目に涙をうかべさせてしもうのである。
亮作はその自分をあさましいとは思わなかった。人の善意を信じることは大切だと思うのである。しかし、信子や克子を相手にして、彼はそう考えているのであって、彼自身が直接社長に対しては、一週間の六日間はそのケチンボーや敬語を軽蔑しているのであった。だから一匹のイワシに泣く男をあさましいと思うのは、亮作が誰よりも激しかったかも知れない。
女房や娘の汚くて意地悪い表現によって、一匹のイワシに泣く己れの姿をシテキされては、もうオシマイであった。彼は逆上しながら、口をつぐんで、うなだれてしもう。
しかし、やがて、カマクビをたてなおす。
そして、社長に遠まわしの皮肉をきりだすと同じようにオドオドと、しかし執拗にくいさがる。
「お前はそのイワシを食べてはいけない」
言葉は、できるだけ静かであった。ただ、抑えきれない亢奮が口から泡をふかせているだけである。
「それほど軽蔑し憎むものをなぜ食べるのだね。