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さばくのこと

沙漠の古都

国枝 史郎

「新趣味」博文館 、1923(大正12)年3月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,076 字 · 220 页

青空文庫

そして私へは構わずに亭を離れて歩き出した。私はしばらく呆気にとられ老人の姿を見送っていたが気がついて背後から声をかけた。

「ご老人!」と私は忍び音で、「お名前をおきかせくださいまし、いったいどなたでございます?」

すると老人は振り返ったが、

「この国で一番不幸な男! それがすなわちこの私じゃ」

「この国で一番不幸な男? それがご老人だとおっしゃいますか?」

「世間の人達は反対にこの国で一番幸福者がこの私じゃなどと云っている」

「どうも私にはわかりません……」私は老人を見守った。

「ここにある宮殿や庭園はみんなこの私の所有物じゃ……四百余州の天も地も今では私の自由になる。私はそういう人間じゃ」

私は尚も老人をおりから雲を出た月に照らして、じっと仔細に見廻したが、吃驚して飛び上がった。

「あなたは! そうだ! わかりました!」

「わしは寂しい人間だよ! 一人の味方もない人間だよ」

老人は低く呟いたがそのまま静かに歩き出した。そして浮き橋を渡って行った。私はその後を見送った。いつまでもいつまでも見送った。民国の仇の後ろ姿、父母の敵の後ろ姿。袁世凱の後ろ姿を手を拱いて見送った。