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かわあかり

河明り

岡本 かの子

「中央公論」1939(昭和14)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页

青空文庫

暫くして娘が気鬱症にかかるとあすこに……と云った小店員がその言葉と一緒に一寸仰向き加減にした様子が、いかにも娘が、私の部屋の近くにでもいるような気配を感じさせたのに気づくと、娘は私の頭の上の二階にいるのではないかと、思わずしがみついていた小長火鉢から私は体を反らした。

一たい、この二階がおかしい。私がここへ来てから、もう一月半以上にもなるのに、階段を伝って、二室ある筈のそこへ出入りする人を見たことがない。階段を上り下りする人間は、大概顔見知りの店員たちで、それは確に、三階の寝泊りの大部屋へ通うものであって、昼は店に行っていてそこには誰もいない。二階の表側の一室は、物置部屋に代った空事務室の上だから、私の部屋からは知れないようなものの、少くとも河に面した方の二階の今一つの空部屋は私が半日ずつ住むこの部屋のすぐ頭の上だから、いかに床の層が厚くても、普通に人が住むならその気配いは何とか判りそうなものだ。それがふだん、まるきり無人の気配いであった。ひょっとしたら、娘がきょうはそっとその室に閉じ籠っているのではあるまいか。

それから、私は注意を二階に集めて、気を配ったが、雪は小止みとなり、風だけすさまじく、幽かな音も聴き取れなかった。