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かわあかり

河明り

岡本 かの子

「中央公論」1939(昭和14)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,244 字 · 98 页

青空文庫

この神田川の苦労の跡を調べることも哀れ深いが、もとこの神田川は麹町台の崖下に沿って流れ、九段下から丸の内に入って日本橋川に通じ、芝浦の海に口を開いていた。この江戸築城以前の流域を調べることは何かと首都の地理学的歴史を訪ねるのに都合が良かった。例えば、単に下流の部分の調査だけでも、昔大利根が隅田川に落ちていた時代の河口の沖積作用を確めることが出来たし、その後、人工によって河洲を埋立てて、下町を作った、その境界も知れるわけであった。この亀島町辺も三百年位前は海の浅瀬だったのを、神田明神のある神田山の台を崩して、その土で埋めて慥えたものである。それより七八十年前は浅草なぞは今の佃島のように三角洲だった。

こういう智識もその若い学者から学ぶところが多かったと、娘は真向から恋愛の叙情を語り兼ねて先ずこういう話から初めたのであった。

娘は目白の学校への往復に、その川べりのどこかの男の仕事場で度々出遇い、始めはただ好感を寄せ合う目礼から始まって、だんだんその男と口を利き出すようになった。娘は、その男から先ず彼女に縁のある土地と卑近な興味の智識によって、東京生れの娘が今まで気付かずにいたものの、その実はいかに東京の土と水に染みているかを学問的に解明された。