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はたのてい

波多野邸

豊島 与志雄

「展望」1946(昭和21)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,194 字 · 45 页

青空文庫

彼女自身の顔も人形のようだった。そのまま数秒たって、彼女は立ち上り、人形の方へ行きかけたが、やめて、扉わきの細長い柱鏡の方へ行った。そして鏡の中で、自分の顔を眺め、手や指や美しい爪を眺め、頭に手をやって前髪のウェーヴを整えた。なにか高慢な気味合いがその白々しい額に浮んでいた。

かすかにスリッパの音がした。彼女は不意を衝かれたかのように壁際に身をひそめた。

「明日、二時に……。」

吉村のらしい声がそれだけ聞えた。あとは言葉もなく、吉村は立ち去り、未亡人房江らしい足音が静かに奥へ引き返していった。それでもまだ暫くの間、千枝子は壁際に身をひそめていた……。

その翌日、房江はいつもより入念に化粧し、而もあまり目立たない衣裳で、午後から外出した。千葉の友人を訪れるので帰りは分らないと言い置いたが、その夜は戻らなかった。

太陽は雲に隠れて、時間のけじめのつかない明るさだった。露に似た冷かさが大気にこもっていて、小鳥の声は爽かに響き、遠く、時後れの鶏の声もあった。竹の葉にさやさやとそよぐけはいがあるだけで、庭の茂みは静まりかえり、藤の花が幾房か重く垂れていた。

その朝の気が、濡縁に屈んでる吉村篤史の眼にしみた。