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かいすいよく
海水浴
寺田 寅彦
「文芸春秋 第十三年第八号」1935(昭和10)年8月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,721 字 · 10 页
以前に宅に奉公していた女中の家だったか、あるいはその親類の家だったような気がする。夕方この地方には名物の夕凪の時刻に門内の広い空地の真中へ縁台のようなものを据えてそこで夕飯を食った。その時宅から持って行った葡萄酒やベルモットを試みに女中の親父に飲ませたら、こんな珍しい酒は生れて始めてだと云ってたいそう喜んだが、しかしよほど変な味がするらしく小首を傾けながら怪訝な顔をして飲んでいた。そうして、そのあとでやっぱり日本酒の方がいいと云って本音をはいたので大笑いになったことを覚えている。
自分もその海水浴のときに「玉ラムネ」という生れて始めてのものを飲んで新しい感覚の世界を経験したのはよかったが、井戸端の水甕に冷やしてあるラムネを取りに行って宵闇の板流しに足をすべらし泥溝に片脚を踏込んだという恥曝しの記憶がある。
その翌年は友人のKと甥のRと三人で同じ種崎のTという未亡人の家の離れの二階を借りて一と夏を過ごした。
この主婦の亡夫は南洋通いの帆船の船員であったそうで、アイボリー・ナッツと称する珍しい南洋産の木の実が天照皇大神の掛物のかかった床の間の置物に飾ってあった。