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かいりゅう

海流

宮本 百合子

「文芸春秋」1937(昭和12)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,977 字 · 72 页

青空文庫

「父様は、こういう話がまるでお分りにならないもんだから、田沢さんと話しているのがお気に入らないんだよ」

と親しみの口調でゆっくり云った。宏子は何となし唇を軽くかんだ。

「話しかただっていろいろあると思うわ」

「若い人ってものは率直だからね。……父様の分らない話でも何でもかまわずその場ではじめるもんだから」

宏子は、

「あの人、率直なもんですか!」

覚えず父親をかばって、田沢の顔を手でつきのけるように遮った。

「あの人は、父様が専門違いでそういう話には仲間に入れないのを知っているくせに、わざとやるのよ」

「千鶴子さんも、文学的な話の相手にはなれないんだってさ。――どっかに写真があったっけ」

瑛子は手箱をひっぱり出して、封筒やハガキの間から、むき出しで入っていた小さい素人写真を出した。自分でちょっと眺めた後、唇の上に微かな軽蔑に似た表情を現しながら宏子の前によこした。手にはとらず、テーブルの上へ斜かいにおかれたままの写真へ宏子は暗い眼差を落した。

夏草の中に佇んでいる田沢と細君とが撮っていた。背広を着てカンカン帽をかぶっている田沢の眼鏡の隅がキラリと日光に反射しているところが、宏子が好きになれないその人物の性格を表現しているようで不快であった。