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りんらくのせいしゅん

淪落の青春

坂口 安吾

「ろまねすく 第一巻第一号」ろまねすく社、1948(昭和23)年1月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,729 字 · 36 页

青空文庫

「当がないもの」

「東京の何がたのしかった?」

女はそれに返事をしなかったが、

「あんた、いずれ東京へ行くでしょう」

「どうだか。オレこそ何一つ当がない。何をすりゃいゝんだか、分りゃしない」

女は貞吉の気持なぞには取り合わず、

「あんた上京するとき、誘ってね」

そしてウインクした。

村のマフラーのアンチャンが別の女と踊りながら、「今度な」と女の肩をたゝいたから、貞吉はそれで別れて帰ったが、帰るときも、マフラーの男の胸の中からウインクして、手をふって合図をした。

この山奥の娘が! ウインクという奴は日本はおろか東洋の性格にもないけれども、これをこの山奥の日本娘が突然やっても、ともかく板についている。シンガポールのパンパンやサルウィン河の娘がやっても板につくに相違なく、これはつまり国籍に属するものじゃなくて女の淫蕩と獣血に属するものなのだろう。

東洋を股にかけて人種の間をうろついてきた貞吉は思えば異常という感なしに、素直に受けいれられぬ風物であった。まったくそれは風物だ。戦争と兵隊がそもそも風物で、貞吉はその戦争と兵隊の時間のうちに、古さとすべて過去というものを、みんなを忘れてきたような気持であった。