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とせんば

渡舟場

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,509 字 · 24 页

青空文庫

」

重兵衛爺さんは気のない返事で、もう渡し舟の綱を解き初めていました。

満々たる水が、夜目にも仄白く、ゆったりと流れていました。一同が乗りこむと舟はすぐに出ました。

元彦は外套をぬぎました。そして、赤いコートの下に臙脂の矢羽根の着物の襟をかき合せている加代子の、ほっそりした肩に、それを着せかけてやりました。

「俺の最後の親切だと思えよ。」

だが、その最後というのが、どうやら別な物を指してるようでした。彼は嬉しそうに微笑しながら、服の脇ポケットから、四合瓶を一つ取り出しました。八分目ほど焼酎がはいっていました。他方のポケットからは、大きな盃が二つ出てきました。

「重兵衛さんも少し休んで、さあやりなさい。」

河の流れは極めてゆるやかでした。重兵衛爺さんも元彦にひき入れられて、焼酎の盃を手にしました。元彦は二三杯飲み干すと櫓を取って、川上へと舟を向けました。少し漕ぎ上っておけば、あとは流れのままです。重兵衛爺さんは馬の溺れたことを話していました。

「……泳げるくせに、慌てたもんだから、水ん中に頭を突っこんでさ、もうそれっきりよ。手綱でもって、頭を水の上に引きあげてくれる者が、いないとなりゃあ、自分で頭をあげるだけのことだ。