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こすいとかれら

湖水と彼等

豊島 与志雄

「新思潮」1914(大正3)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,351 字 · 25 页

青空文庫

雨を含んで重たい雲の脚が山々の頂を匐ってゆく。そして榛の林に、湖水の上に、冷たい小さい雨の粒が忍び歎く音を立てている。その顫音が集って、仄暗い家の中の空気に頼り無い寂寥を満す時、彼女はむやみと火鉢の炭を足して、軽く頬が熱るまでに火を熾した。障子の腰にはまった四角い板硝子を透して見ると、外にはしっとりした靄が細い雨に縫われて低く垂れている。その靄の圧力を受けて湖水の面は一杯に張り切っている。落ち来る雨の粒はその緊張にはね返されて、幾つかに砕けて光る小さい露の玉の形を暫くは水面に保った。

その時表にふと人影を見出したので彼女は立ち上って障子を開けて見た。それは先日の青年であった。

「ちと息んでいらっしゃい。」と彼女は云った。

彼女は青年を家の中に導いて、囲炉裡に火を焚いた。彼の姿は雨の中にいたいたしいように彼女の眼に映った。

二人は狭い土間の囲炉裡の側に腰を掛けた。あたりはごたごたと散らかっていた。菓子箱や絵葉書の箱などが椽端から取り片付けて、其処らにつんであるのを青年は珍らしそうに見廻した。

「もう此の頃はお客も少いのでしょうね。」

「ええすっかり寒くなりましたものですから。