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ゆしまもうで

湯島詣

泉 鏡花

「湯島詣」春陽堂、1899(明治32)年11月23日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,004 字 · 122 页

青空文庫

十六

「おいで、おいで。さあ、」

「可いよ、おかみさんこっちへ。」

「でもまた奥様がその何ですから、おほほほほ、」と主婦は三角の口を丸うして笑って控える。

「何を、詰らない。」

「はい、はい。」

膝に手を垂れ、腰を屈めて、戯に会釈すると、トンはよくその心を得て、前足を下して尻尾を落した。扁い犬の鼻と、主婦の低い鼻は、畳を隔てて真直に向い合った。

「おお、可し、可し。」二ツばかり頷いて、「それではお邪魔を致しましょうか。」

同時に、ど、ど、ど、ど、どんと床板を踏鳴して、

「厭! 厭よ、」と壁の中から唐突に声を出した。

主婦は驚いて退って、

「まあ、済みません、どうも。」

蝶吉は振乱すように壁に押着けた島田髷を揺ぶって、

「私、厭、厭よ。」

「泣いてるんだよ、おや、ま、どうしたッてこッたろう。驚きますねえ、」

と平手を二ツ乳の上へあて、目をって、

「しようのない嬰児ちゃんだよ。」

十六

「どうにかしてやっておくれ、面倒だから。」

梓は膝からトンを掻退けて、座も言葉も更めて言った。

「さあ、あなた、」とこれもちゃんと極って背に手を掛けると、訳もなく振払って、

「厭です。」

「拗るもんじゃあありません、あの方が来ていらっしゃるのに、何が気に入らないで、じれてるんですよ、母様は知らないよ。