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ゆしまもうで
湯島詣
泉 鏡花
「湯島詣」春陽堂、1899(明治32)年11月23日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,004 字 · 122 页
湯帰り
二十一
母をはじめ、姉、従姉妹、幼時における梓が七情を支配したものは、皆苦労人であった。あえてこれ天下に憚る処なしといえども、しかれども、数の奇なるもの、顧れば無慙な境遇。
湯帰り
二十一
梓が上京して後東京の地において可懐いのは湯島であった。湯島もその見晴の鉄の欄干に凭って、升形の家が取囲んでいる天神下の一廓を詠めるのが最も多く可懐しかった。
可懐しさもまるで過世の夢をここに繰返すようなもので、あえて、ここで何等のことを仕出したことはないが、天神下はその母親の生れた処だということについてである。
されば故郷を去って独り寄宿舎に居る、内気な、世馴れない、心弱い、美少年は、その界隈に古びた廂を見ては、母親の住んだ家ではあるまいかと思い、宮の鰐口に縋っては、十七八であった時の母の手が、これに触れたのであろうと思い、左側に竝んだ意気な二階家の欄干、紅裏の着物が干してある時、夜は殊に障子に鏡立の影の映る時、いつもいつも心嬉しく姿寂しく、哀れさ、床しさが身に染みて、立去りあえず彳むのが習であったが、恋しさも慕しさも、ただ青海の空の雲の形を見るように漠然とした、幻に過ぎなかった。