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げんおじ
源おじ
国木田 独歩
「文芸倶楽部」1897(明治30)年8月10日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,455 字 · 23 页
急ぎて燈火さし向くるに後姿紀州にまぎれなし。彼は両手を懐にし、身を前に屈めて歩めり。
「紀州ならずや」呼びかけてその肩に手を掛けつ、
「独りいずこに行かんとはする」怒り、はた喜び、はた悲しみ、はた限りなき失望をただこの一言に包みしようなり。紀州は源叔父が顔見て驚きし様もなく、道ゆく人を門に立ちて心なく見やるごとき様にてうち守りぬ。翁は呆れてしばし言葉なし。
「寒からずや、早く帰れ我子」いいつつ紀州の手取りて連れ帰りぬ。みちみち源叔父は、わが帰りの遅かりしゆえ淋しさに堪えざりしか、夕餉は戸棚に調えおきしものをなどいいいい行けり。紀州は一言もいわず、生憎に嘆息もらすは翁なり。
家に帰るや、炉に火を盛に燃きてそのわきに紀州を坐らせ、戸棚より膳取り出だして自身は食らわず紀州にのみたべさす。紀州は翁のいうがままに翁のものまで食いつくしぬ。その間源叔父はおりおり紀州の顔見ては眼閉じ嘆息せり。たべおわりなば火にあたれといいて、うまかりしかと問う紀州は眠気なる眼にて翁が顔を見てかすかにうなずきしのみ。源叔父はこの様見るや、眠くば寝よと優しくいい、みずから床敷きて布団かけてやりなどす。