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げんおじ
源おじ
国木田 独歩
「文芸倶楽部」1897(明治30)年8月10日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,455 字 · 23 页
寂として応えなし。
「紀州紀州」竈馬のふつづかに喞くあるのみ。
翁は狼狽てて懐中よりまっち取りだし、一摺りすれば一間のうちにわかに明くなりつ、人らしきもの見えず、しばししてまた暗し。陰森の気床下より起こりて翁が懐に入りぬ。手早く豆洋燈に火を移しあたりを見廻わすまなざし鈍く、耳そばだてて「我子よ」と呼びし声嗄れて呼吸も迫りぬと覚し。
炉には灰白く冷え夕餉たべしあとだになし。家内捜すまでもなく、ただ一間のうちを翁はゆるやかに見廻わしぬ。煤けし壁の四隅は光届きかねつ心ありて見れば、人あるに似たり。源叔父は顔を両手に埋め深き嘆息せり。この時もしやと思うこと胸を衝きしに、つと起てば大粒の涙流れて頬をつたうを拭わんとはせず、柱に掛けし舷燈に火を移していそがわしく家を出で、城下の方指して走りぬ。
蟹田なる鍛冶の夜業の火花闇に散る前を行過ぎんとして立ちどまり、日暮のころ紀州この前を通らざりしかと問えば、気つかざりしと槌持てる若者の一人答えて訝しげなる顔す。こは夜業を妨げぬと笑面作りつ、また急ぎゆけり。右は畑、左は堤の上を一列に老松並ぶ真直の道をなかば来たりし時、行先をゆくものあり。