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げんおじ

源おじ

国木田 独歩

「文芸倶楽部」1897(明治30)年8月10日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,455 字 · 23 页

青空文庫

「源が歌う声冴えまさりつ。かくて若き夫婦の幸しき月日は夢よりも淡く過ぎたり。独子の幸助七歳の時、妻ゆりは二度目の産重くしてついにみまかりぬ。城下の者にて幸助を引取り、ゆくゆくは商人に仕立てやらんといいいでしがありしも、可愛き妻には死別れ、さらに独子と離るるは忍びがたしとて辞しぬ。言葉すくなき彼はこのごろよりいよいよ言葉すくなくなりつ、笑うことも稀に、櫓こぐにも酒の勢いならでは歌わず、醍醐の入江を夕月の光砕きつつ朗らかに歌う声さえ哀れをそめたり、こは聞くものの心にや、あらず、妻失いしことは元気よかりし彼が心をなかば砕き去りたり。雨のそぼ降る日など、淋しき家に幸助一人をのこしおくは不憫なりとて、客とともに舟に乗せゆけば、人々哀れがりぬ。されば小供への土産にと城下にて買いし菓子の袋開きてこの孤児に分つ母親もすくなからざりし。父は見知らぬ風にて礼もいわぬが常なり、これも悲しさのあまりなるべしと心にとむる者なし。

「かくて二年過ぎぬ。この港の工事なかばなりしころ吾ら夫婦、島よりここに移りてこの家を建て今の業をはじめぬ。山の端削りて道路開かれ、源叔父が家の前には今の車道でき、朝夕二度に汽船の笛鳴りつ、昔は網だに干さぬ荒磯はたちまち今の様と変わりぬ。