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おぼるるもの
溺るるもの
豊島 与志雄
「中央公論」1928(昭和3)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,690 字 · 36 页
平素は温厚な男だが……。」
「どういう人ですか。」
「大変な学者だ。こんど紹介してやろう。図書館に勤めてるが、古今東西の学問に通じてる。片岡……片岡正夫というんだ。」
ほう……と俺は思った。
その雀の巣の片岡正夫だった。それが夜の大川端を女を連れて歩いてる……。
俺は二人をやり過して、その後を見送った。
女は季節後れの厚ぽったい長いコートを着て、薄いフェルトの草履で、ぽったりぽったり歩いていた。髪を天神髷に結っていた。その襟足がばかに真白だったが、先刻ちらと見たところでは、顔は濃い白粉を脂で拭きとったらしくつるりとしていた。それと並んでがっしりした高い男の姿が、妙に不似合だった。駒下駄を一足一足ふみしめてる歩きっぷりが、身体から酔がさめて頭にまだ酔が残ってる中途半端なものだった。
夜、新らしい広い道、大川端、水にうつってる向う岸の明るい灯、銘酒屋のらしい女、雀の巣の片岡さん……その全体がどうもしっくりいかないで、俺の注意を惹いた。
俺は遠くから、電燈の柱の影にかくれて、なお二人の様子を窺った。
二人は何か時々短い言葉を交しながら、肩を並べて、ごくゆっくり歩いていた。