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おぼるるもの

溺るるもの

豊島 与志雄

「中央公論」1928(昭和3)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,690 字 · 36 页

青空文庫

どこかへ行く風でもなく、また散歩ともつかなかった。そして遠く、もう歩いてもいないほどに見えた時、男と女との間が離れた。女は土手の端の川縁に立止った。それを男は後ろから見やってるらしかった。そして……一分……二分……男はじりじりと女の方へ近寄っていった。

俺ははっとした。男は手をマントの下から出して、女の背中の方へ……。一突で女は川の中に落ちる……。ではなかった。男の手が女の肩にかかると、二人はぴったりくっついて一つの影となった。女が身を投げるんでもなければ、男が女を突落すんでもなければ、二人で飛込むんでもなかった。ぴったりくっついたまま、そこに屈みこんでしまって、それきり動かなかった。

変に俺の気持は平らでなかった。なあーんだ、と思っても、やはり気にかかった。俺は長い間その方を窺っていた。が屈みこんで一つになってる二人の影は、いつまでたっても身動きもしなかった。

しまいに俺は根気負けがして、柱の影から出て歩き出した。時々振返ってみたが、遠くにぽつりとしてる黒い姿は、やはりそのままで、もう二人の人間とも思えなかった。

言問橋の上に出ると、急に寒くなった。