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そうせきのじんぶつ
漱石の人物
和辻 哲郎
「新潮」1950(昭和25)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,438 字 · 23 页
従ってこの集まりは友情の交響楽のようなふうにもなっていたのである。漱石とおのれとの直接の人格的交渉を欲した人は、この集まりでは不満足であったかもしれない。寺田寅彦などは、別の日に一人だけで漱石に逢っていたようである。少なくとも私が顔を出すようになってから、木曜会で寅彦に逢ったことはなかった。また漱石の古い友人たちも、木曜日にはあまり顔を見せなかった。私の記憶に残っているのは、ただ一つ、畔柳芥舟が何かの用談に来ていたくらいのものである。
大正三年ごろの木曜会は、初期とはだいぶ様子が違って来ていたのであろうと思うが、私にはっきりと目についたのは、集まる連中のなかの断層であった。古顔の連中は一高や大学で漱石に教わった人たちであるが、その中で大学の卒業年度の最もあとなのは安倍能成君であって、そのあとはずっと途絶えていた。安倍君と同じ組には魚住影雄、小山鞆絵、宮本和吉、伊藤吉之助、宇井伯寿、高橋穣、市河三喜、亀井高孝などの諸君がいたが、安倍君のほかには漱石に近づいた人はなく、そのあと、私の前後の三、四年の間の知友たちの間にも、一人もなかった。木曜会で初めて近づきになった赤木桁平、内田百間、林原耕三、松浦嘉一などの諸君は、皆まだ大学生であった。