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ひのとり
火の鳥
「愛と美について」竹村書房、1939(昭和14)年5月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,740 字 · 76 页
あの女は、謙虚を知らない。自分さえその気になったら、なんでもできると思っている。なぜ、あいつは、くにを飛び出し、女優なんかになったのだろう。もう、あの様子では、須々木乙彦のことなんか、ちっとも、なんとも、思っていない。悪魔、でなければ、白痴だ。いやいや、女は、みんなあんなものなのかも知れない。よろこびも、信仰も、感謝も、苦悩も、狂乱も、憎悪も、愛撫も、みんな刹那だ。その場限りだ。一時期すぎると、けろりとしている。恥じるがいい。それが純粋な人間性だ、と僕も、かつては思っていた。僕は科学者だ。人間の官能を悉知している。けれども僕は、断じて肉体万能論者ではない。バザロフなんて、甘いものさ。精神が、信仰が、人間の万事を決する。僕は、聖母受胎をさえ、そのまま素直に信じている。そのために、科学者としての僕が、破産したって、かまわない。僕は、純粋の人間、真正の人間で在りさえすれば、――
などとあらぬ覚悟を固めたりしはじめて、全身、異様な憤激にがくがく震え、寒い廊下を大胯で行きつ戻りつ、何か自分が、いま、ひどい屈辱を受けているような、世界のひとみんなからあざ笑われているような、いても立っても居られぬ気持で、こんなときに乙やんが生きていたらな、といまさらながら死んだ須々木乙彦がなつかしく、興奮がそのままくるりと裏返って悲愁