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ひのとり

火の鳥

太宰 治

「愛と美について」竹村書房、1939(昭和14)年5月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,740 字 · 76 页

青空文庫

断腸の思いに変じ、あやうく落涙しそうになって、そのとき、

「よう、」と肩を叩いたのは、助七である。「あなたは、初日を見なかったね?」

――あたし、あなたの心持が、よくわかってよ、マーシャ。さちよのオリガが、涙声でそういうのが、廊下にまで聞えて来る。

「素晴らしいね。」助七は、眼を細めて、「初日の評判、あなた新聞で読まなかったんですか? センセーション。大センセーション。天才女優の出現。ああ、笑っちゃいけません。ほんとうなんですよ。おれのとこでは、梶原剛氏に劇評たのんだのだが、どうです、あのおじいさん涙を流さんばかり、オリガの苦悩を、この女優に依ってはじめて知らされた、と、いやもう、流石のじいさん、まいってしまった。どれ、どれ、拝見。」背後のドアをそっと細めにあけ、舞台を覗いて、「何か、こう、貫禄とでも、いったようなものが在りますね。まるで、別人の感じだ。ああ、退場した。」ドアをぴたとしめて、青年の顔をちらと見て、不敵に笑い、「うまい! 落ちついていやがる。あいつは、まだまだ、大物になれる。しめたものさ。なにせ、あいつは、こわいものを知らない女ですからな。