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ひのとり

火の鳥

太宰 治

「愛と美について」竹村書房、1939(昭和14)年5月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,740 字 · 76 页

青空文庫

高須は、その入口に佇立した。

さちよは、高須に気がつかず、未だ演技直後の興奮からさめ切らぬ様子で、天井あおいでヒステリックな金切声たてて笑いこけていた。

「ちょっと、あなた、ごめんなさい。」

耳もとで囁き、大きい黒揚羽の蝶が、ひたと、高須の全身をおおい隠し、そのまま、すっと入口からさらっていって、廊下の隅まで、ものも言わず、とっとと押しかえして、

「まあ。ごめんなさい。」ほっそりした姿の女である。眼が大きく鼻筋の長い淋しい顔で、黒いドレスが似合っていた。「さちよと、逢わせたくなかったの。あの子は、とても、あなたのことを気にしている。せっかく評判も、いいところなんだし、ね、おねがい、あの子を、そっとして置いてやって。あの子、いま、一生懸命よ。つらいのよ。あたしには、それが判る。あら、あなたは、あたしをご存じない。」顔を赤くして、「ごめんなさい。あなた、高須さんね。そうでしょう? あたし、ひと目見て、はっと思ったの。ほんとうに、あたし、はじめてなのに、でも、すぐわかった。須々木乙彦の、御親戚。どう? あたし、なんでも知っているでしょう?」数枝である。芝居がはじまって、この二、三日、何かと気がもめて、きょうはホオルを休んで楽屋に来ている。