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ひのとり
火の鳥
「愛と美について」竹村書房、1939(昭和14)年5月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,740 字 · 76 页
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その夜、ああ、知っているものが見たら、ぎょっとするだろう。須々木乙彦は、生きている。生きて、ウイスキイを呑んでいる。昨年の晩秋に、須々木乙彦は、この銀座裏のバアにふらと立ち寄った。そうして、この同じソファに腰をおろし、十九のさちよと、雨の話をした。あのときと、同じ姿勢で、少しまえこごみの姿勢で、ソファに深く腰をおろし、いま、高須隆哉は、八重田数枝と、ウイスキイ呑みながら、ひそひそ話を交している。ソファの傍には、八つ手の鉢植、むかしのままに、ばさと葉をひろげて、乙彦が無心に爪で千切りとった痕まで、その葉に残っている。室内の鈍い光線も八つ手の葉に遮ぎられて、高須の顔は、三日月の光を受けたくらいに、幽かに輪廓が分明して、眼の下や、両頬に、真黒い陰影がわだかまり、げっそり痩せて、おそろしく老けて見えて、数枝も、話ながら、時おり、ちらと高須の顔を横目で見ては、それが全く別人だ、ということを知っていながら、やはり、なんだか、いやな気がした。似ているのである。数枝も、乙彦を、あの夜ここで一緒に呑んで、知っていた。乙彦は、荒んだ皮膚をして、そうして顔が、どこか畸形の感じで、決して高須のような美男ではなかった。