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むげつものがたり
無月物語
久生 十蘭
「オール讀物」1950(昭和25)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,485 字 · 36 页
しかし白女としては、朝霞に復讐することだけが生甲斐になっていたので、泰文の冷淡なあしらいにあうと今度は外へ出てあれこれと触れまわった。閨房のみだれは上流一般の風で、めずらしいことはなにもなかったが、それが泰文の身辺にはじまったところに面白味があった。泰文にしてやられた女房連や、泰文に怨を含んでいた亭主どもは、いずれもみな痛快がり、このときとばかりにはやしたてたので、洛中洛外にこの話を知らないものはないほどになった。
ここに奇怪なのは泰文の態度だった。湧きたつような醜聞を平然と聞流しにしてるばかりか、自分からほうぼうへ出かけて行って、毎日どんな情けない目にあっているかというようなことを披露してあるき、おのれの話のあわれさにつまされて泣きだしたりした。この間、泰文という男はなにを考えていたのか、他人にはうかがい知られぬことである。奇妙なのはそれだけではない。保平をそのまま邸に置きながら、保平の家従や僕を車舎の梁に吊し、保平と朝霞の間にどんなことがあったのか白状しろと迫った。このへんの心理はまったく不可解である。
最初にやられたのは天羽透司という家従で、保平の打明け話の相手だと思われている男であった。