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とくしゅぶらくのはんざい
特殊部落の犯罪
豊島 与志雄
「新小説」1922(大正11)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,455 字 · 15 页
が、つるは長い間戻って来なかった。池の実を石で割るらしい音が暫く続いて、それからひっそりとしたが、まだ戻って来なかった。久七はひょいともたげた首を傾げて、表の方に気を配りながら考え込んだ。その途端に、くすくすと忍び笑いの声がした。気のせいかも知れないのが、再度の忍び笑いに本当だと分った。
久七は物に躓いたようにぎくりとした。上り口から匐い下りて、土間伝いに戸口へ近づき、半ば開き残されてる戸の節穴を探しあてて、其処からじっと覗いた。
暮れてしまってるのに、月が出たのか茫と薄明るかった。四五本小杉が並んでる茂みの向うに、一塊りの黒い影が動めいていた。ひそひそ囁く声の間合に、擽ったそうな忍び笑いの声が洩れてきた。久七は石のように身を固くして、眼と耳とに注意を凝らした。が何もはっきりとは見えも聞えもしなかった。長い間のようだった。と、「いやあ」とはね返るような声がしてつるが飛び出してきた。後から平吉の姿がのっそり出てきた。口に掌をあてていた。つるはそれを振り向いて、首をひょいと縮めて「ふふふ」と笑ったが、急に両腕を大きく拡げて、彼の首っ玉へ飛びついていった。