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いぬのはじまり

犬のはじまり

宮本 百合子

「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年5月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,886 字 · 8 页

青空文庫

ふざけて噛みつく擽ったさ迄、私には新鮮な、涙の出るような愉快だ。

良人は縁側に出、いつの間にか

「マーク、マーク」

と云う名をつけて仔犬を呼んだ。

マーク。アントニーを思い出し私は微笑した。夏目先生のところであったかヘクターと云う名の犬が居たのは。――

此仔犬は、アントニーと云う貴族的な、一寸得意気な名などをつけられるような顔はして居ない。マークはよい。少し田舎めくが素朴な故意とらしくないところが。

新来のマークは、仔犬に共通のやかましいクンクン泣きを、兎に角昼間は余りしなかった。母犬には前から離れて居たのだろう。

私共は、彼の為に(雄犬であった。)みかん箱の寝所を拵え、フランネルのくすんだ水色で背被いも作ってやった。

彼は、今玄関の隅で眠り、時々太い滑稽な鼾を立てて居る。

女中が犬ぎらいなので少し私共は気がねだ。又、子のない夫婦らしい偏愛を示すかと、自ら面栄ゆい感もある。

今夜、どうか、ひどく泣かないでくれるとよいと皆が希って居る。