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ろうしつき

狼疾記

中島 敦

「南島譚」1942(昭和17)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,540 字 · 47 页

青空文庫

云々。

「簡単なオプティミズムへの途を教えてやろう。天才と才無き者、健康者と虚弱者、富豪と貧民との差といえども、生れて来た者と生を与えられざりし者との差には、比ぶべくもないではないか、という考え方はどうだ。」云々。

「この世において立派な生活を完全に生き切れば、神は次の世界を約束すべき義務を有つ、と言った素晴らしい男を見るがいい。」……云々。

「汝は幸福ならざるべからずと誰が決めたか? 一切は、幸福への意志の廃棄と共に、始まるのだ。」云々。

その他、ジイドの『地の糧』だの、チェスタアトンの楽天的エッセイなどが、何と弱々しい声々で彼を説得しようとしたことだろう。しかし、彼は、他人から教えられたり強いられたりしたのでない・自分自身の・心から納得の行く・「実在に対する評価」が有ちたかったのだ。曲りくねった論理を辿って見て、はて、俺の存在は幸福なのだぞ、と、自分を説得して見ねばならぬ幸福などでは仕方がなかったのだ。

時としてごく稀に、歓ばしい昂揚された瞬間が無いでもなかった。生とは、黒洞々たる無限の時間と空間との間を劈いて奔る閃光と思われ、周囲の闇が暗ければ暗いだけ、また閃く瞬間が短かければ短かいだけ、その光の美しさ・貴さは加わるのだ、と真実そのように信じられることも、時としてある。