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ろうしつき
狼疾記
「南島譚」1942(昭和17)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,540 字 · 47 页
ワイニンゲルによれば、女は、一生の間に自分に向って言われた讃辞をことごとく覚えているものだそうだが、どうやらこれは女ばかりに限らないようだ。そういえば、俺はここ何年何箇月かの間、自分に向って発せられた一つの讃辞をも聞かなかった。自分の飢えていたのは、こんな詰まらないものに対してだったのか。それでは、それほどちっぽけな虚栄心を充たしたがっているお前が、何故、こんな世間とかけ離れた生活を選んだのだ。オデュッセイアと、ルクレティウスと、毛詩鄭箋と、それさえ消化しかねるほどの・文字通りの「スモオル・ラティン・アンド・レス・グリイク」と、それだけで生活は足りると思っていた俺は、何という人間知らずだったことであろう! 杜樊川もセザアル・フランクもスピノザも填めることのできない孔竅が、一つの讃辞、一つの阿諛によってたちまち充たされるという・人間的な余りに人間的な事実に、(そして、自分のような生来の迂拙な書痴にもこの事実が適用されることに)三造は今更のように驚かされるのである。
まだ寝るには早過ぎる。それに、どうせ床に入ったところで、いつものように二・三時間は眠れないに決っている。