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ねこぐるま
猫車
宮本 百合子
「改造」1937(昭和12)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,310 字 · 35 页
と、坂口の爺さんの蹲っている横に来て腰をおろした。声のなかには、儲かっちゃいますまいが、と真摯な警告の調子もこもっているのであった。永年女手一つで店をまかない、生活の苦労とたたかって来ている悧発な鋭い眼ざしでおさやは坂口の爺さんを見た。
坂口は、乾いた掌で胡麻塩髯の生えた顔を一撫でした。そしておもむろに、
「――こんどは、醤油屋がしっかり儲けよった」
と云った。
「よっぽどつかみよったに違いない」
おさやの、抜目ないあから顔に覚えず誘い出された好奇心が動いた。
「醤油屋た、どの?」
「そこの――醤油屋じゃが……」
どういうわけだか坂口の爺が声をおとしてそう云ったのにつりこまれて、おさやも低い声になって訊きかえした。
「飯田どすか?」
合点をして、
「今度で小一万はたしかに儲けちょる」
おさやは、上被の合わせ目に片手をさし入れてちょっと沈思する顔つきであった。が、それ以上何も云わず、やっとせ、と声に出して店の畳へ上り、襖際によせて置いてある荒れた事務机の前へ座った。その様子を今度は下目で床の中から眺めていた庄平が、
「ヤイ」
喉からの力の失われている声で呼んだ。
「ヤイ……来て」