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さるがしま

猿ヶ島

太宰 治

「文學界」1935(昭和10)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,768 字 · 12 页

青空文庫

ああ。戦慄が私の背を走る。朝日を受けて金色にかがやく断崖を一匹の猿がのそのそと降りて来るのだ。私のからだの中でそれまで眠らされていたものが、いちどにきらっと光り出した。

「降りて来い。枝を折ったのはおれだ。」

「それは、おれの木だ。」

崖を降りつくした彼は、そう答えて滝口のほうへ歩いて来た。私は身構えた。彼はまぶしそうに額へたくさんの皺をよせて、私の姿をじろじろ眺め、やがて、まっ白い歯をむきだして笑った。笑いは私をいらだたせた。

「おかしいか。」

「おかしい。」彼は言った。「海を渡って来たろう。」

「うん。」私は滝口からもくもく湧いて出る波の模様を眺めながらうなずいた。せま苦しい箱の中で過したながい旅路を回想したのである。

「なんだか知れぬが、おおきい海を。」

「うん。」また、うなずいてやった。

「やっぱり、おれと同じだ。」

彼はそう呟き、滝口の水を掬って飲んだ。いつの間にか、私たちは並んで坐っていたのである。

「ふるさとが同じなのさ。一目、見ると判る。おれたちの国のものは、みんな耳が光っているのだよ。」

彼は私の耳を強くつまみあげた。私は怒って、彼のそのいたずらした右手をひっ掻いてやった。