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りそうのおんな

理想の女

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,162 字 · 77 页

青空文庫

妻は子供を寝かしつけ、やがて自分も寝てしまう。そして一日が終るのだ。二人の間には何等衝突すべき材料がない。良人は後顧の患いなくして、自由に痩腕を世に揮うことが出来、妻は生計の煩いなくして、自由に驢馬の足を家庭内に伸すことが出来るのだ。……そして、良人は食を与え妻は肉体を供し、子供――彼等の惨めな後継者――が、年と共に殖えてゆく。

私は胸糞が悪くならざるを得なかった。それほど私のうちには遊惰な心が蟠っていたのだ。民衆の中堅たる最も健全勤勉な人々を、右のように漫画視して考えるほど、私のうちに頽廃的な気分が濃くなっているのであった。そしてこれは皆、家庭というものから根こぎにされた結果であった。

夜遅く家に帰る時、私は牢屋へ戻る罪人のような心地がした。家の中には、秀子の息吹きが、その重々しい蛸の木が、頑として根を張ってるように思われた。私はおずおずと、寄せられてる玄関の戸を開き、それに自分で締りをした。家の者はみな寝ていた。私は子供の眼を覚すまいと抜足して、寝室へ忍び込み、冷たい蒲団の中にもぐり込んだ。秀子は大抵眠っていた。そしてごく稀には、薄日を開いて、而も底光りのする黒い眼で、私の方をじっと見た。