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りそうのおんな

理想の女

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,162 字 · 77 页

青空文庫

妻に集中すべき愛情が一般女性の上に散り失せるということは、良人として最も悪い状態に違いない。而も、妻を殴りつけ市内を彷徨していながらも、遊里に夜を明かさないことをひそかに矜りとしていた私だったのだ。

私は恥しかった。自分の心を制しようとした。然しそういう努力の結果はなおいけなかった。私の遊蕩的な眼は、なお頻繁にあらゆる女性の上に向けられ、また一方秀子の上にも向けられた。私は秀子を家庭内に於ける敵だと看做したのみでなく、また自分の若々しい生命を束縛する軛だと看做し初めた。私のうちに在る遊蕩的な悪魔は、あらゆる女性を享楽するの機会を得ないことに、不満を感じはしなかったが、あらゆる女性を享楽出来ない身分に置かれてるのを、憾みとした。

私は冷かな評価的な眼で、秀子を――妻という名前で自分を束縛してる秀子を、眺め初めたのである。初めて逢った女ででもあるかのように眺めだしたのである。そして見出したのは、彼女の醜い点ばかりであった。馴れきった眼には、彼女の長所は映らないで、短所ばかりが映ってきた。

彼女の眼の縁には、薄暗い隈が出来ていた。わりに細いけれども時々非常に魅力ある輝きを見せる彼女の眼は、その下眼瞼の隈のために、殆んど睫毛の柔かな影を失って、極めて露骨な陰険な光りを帯びるようになった。