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りそうのおんな

理想の女

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,162 字 · 77 页

青空文庫

ごくりごくりと乳を吸ってる子供の上に、彼女は庇うように頬を押し当てていた。私は握りしめた拳をそのままに、自分の書斎へ逃げていった。

二階にじっとしていると、階下で子供の泣く声が聞えてきた。それを賺してる秀子の声もかすかに聞えてきた。乳の出が悪くなったのを、一人は泣き一人は困ってるのだ。私は堪らない気がした。

その晩から、私は一人二階に寝た。私は凡てを失ってしまったのだ。秀子をもみさ子をも家庭をも愛をも。私の手に残ったものは何もなかった。然し私に残ってるものは唯一つあった。それは「彼女」――「理想の女」であった。永久に具体的な形を取ることのない女性だった。私はそれに囚えられてしまった。そして、あらゆる持続的な男女関係が恐ろしくなった。一人の女を守る時、私は必ずやその女を「理想の女」に照して眺めるに相違ない。然るに凡ての女は、たとえ恋した女でも、私にとっては「理想の女」の仮象に過ぎない。仮象はやがて本物のために消滅せられる運命に在るのだ。而もその仮象によって得た子供だけが、仮象の女の手の中に、私自身の血を享けて現実に残るのだ。私は恐ろしくなった。

私は間違っていたのだろうか? どの点が間違っていたのだろうか?……私の心は何処にも安住出来ずに、永久に彷徨し続けるの外はなかった――徒らに「理想の女」