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びわでん

琵琶伝

泉 鏡花

「国民之友」1896(明治29)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,081 字 · 24 页

青空文庫

謙三郎の死したる後も、清川の家における居馴れし八畳の渠が書斎は、依然として旧態を更めざりき。

秋の末にもなりたれば、籐筵に代うるに秋野の錦を浮織にせる、花毛氈をもってして、いと華々しく敷詰めたり。

床なる花瓶の花も萎まず、西向の子の下なりし机の上も片づきて、硯の蓋に塵もおかず、座蒲団を前に敷き、傍なる桐火桶に烏金の火箸を添えて、と見ればなかに炭火も活けつ。

紫たんの角の茶盆の上には幾個の茶碗を俯伏せて、菓子を装りたる皿をも置けり。

机の上には一葉の、謙三郎の写真を祭り、あたりの襖を閉切りたれば、さらでも秋の暮なるに、一室森とほのあかるく四隅はようよう暗くなりて、ものの音さえ聞えざるに、火鉢に懸けたる鉄瓶の湯気のみ薄く立のぼりて、湯の沸る音静なり。折から彼方より襖を明けつ。一脈の風の襲入りて、立昇る湯気の靡くと同時に、陰々たるこの書斎をば真白き顔の覗きしが、

「謙さん。」

と呼び懸けつ。裳すらすら入りざま、ぴたと襖を立籠めて、室の中央に進み寄り、愁然として四辺をし、坐りもやらず、頤を襟に埋みて悄然たる、お通の俤窶れたり。

やがて桐火桶の前に坐して、亡き人の蒲団を避けつつ、その傍に崩折れぬ。