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せいとしとのきろく

生と死との記録

豊島 与志雄

「帝国文学」1918(大正7)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,961 字 · 39 页

青空文庫

ちっとも食べられはしませんわ。」

「勿論安いんだからね。」

「なんにも無くても家でたべた方がよござんすわね。」

「家」という一語が私達をすぐに黙らしてしまった。

夜になって芳子は腹の工合が少し変だと云い出した。すぐ帰るように私は云った。

「まだはっきり分らないから、も少し様子を見てみますわ。」と芳子は云った。

雨が降り出した。雨の音が病院の中を一層しいんとさした。

堯は、嚥下作用も次第に衰えて来るようだった。十瓦の人乳を一度に飲めないで中途で止すようになった。口中にたまった液体を嚥下するのが非常な努力らしかった。私達はどうしていいか分らなかった。何にも与えないでは恢復の見込みはないし、与えることは堯にとって苦痛らしかった。それでも、……やはり人乳や食塩水を時々与えなければならなかった。薬はもう一切やらなかった。

それでも堯の顔には、何等の苦痛の表情もなかった。きまり悪いような微笑みの影さえあった。私はあの顔を思い出した、どうかした調子に芳子の乳首を一寸なめてきまり悪そうに微笑む顔を。堯は最近では、乳房をつきつけてやっても顔を外らして吸おうとはしなかったのである。