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せいしまんじどもえ
生死卍巴
国枝 史郎
「雄弁」1928(昭和3)年9月~1929(昭和4)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,598 字 · 182 页
と、云うと部屋を飛び出した。
こうして二人の変な会見は、あっけなく終りを告げたのであったが、しかし碩寿翁にも弦四郎にも、すぐ意外な事件が起こった。
弦四郎の事件から書くことにしよう。
刑部屋敷を出た弦四郎が、上野の山下まで来た時であったが、紗を巻いたような月光の中から、
「あの方もご出立でございます。あなたもご出立なさりませ!」
こういう女の声が聞こえた。
「…………」
で、弦四郎は声の来た方を見た。
巫女姿の女が弦四郎の横手を辷るようにして歩いて行く。
「おお、あれはあの女だ」
で、弦四郎は見送るようにした。
月の光をヒラヒラと縫って、髪を垂らして、御幣を持って、脚に一本歯の足駄をはき、胸へ円鏡をかけている。衣裳といえば白衣であって、長い袖が風にひるがえり、巨大な蛾などが飛んでいるように見える。容貌なども美しいと見えて、月光にさらされた横顔の形は、鼻が高くて額が秀でて、頤が珠のように円味がかっていた。
「待て!」と、弦四郎は声をかけたが、すぐにスッと走り寄り、巫女の片袖へ手をかけた。
「千賀子殿でござろう、相違ござるまい!」
だがその巫女は返辞もしないで、取られた片袖を柔かに外し、同じ辷るような歩き方で、根津の方角へ足を運んだ。