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せいかつしゃとしてのせいちょう

生活者としての成長

宮本 百合子

二葉亭四迷の悲劇にもふれて

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,603 字 · 12 页

青空文庫

彼の悲劇は、あれだけ日本のために文学をもって働きかける力をもっていたのに、周囲のおくれていたことに本質的には敗けて文学の理想は大きく高く懐きながら、その道から逸れて行った心理のうちにある。通俗の目にすぐ肯ける男子一生の業にうつったところに悲劇があるのである。

現代の世界の波濤は、二葉亭四迷のこの悲劇を再び案外に多くのところで、若い命の上に反覆しようとしているのではないだろうか。

二葉亭四迷の行うべきであった義務は、日本の文学の成長を根気づよく支持し、援け、力の限りそのための養いとなる条件をふやして行って、自分の理想とする文学創造の可能のためにたたかうことであった。それにくい下って離れるべきでなかった。文学は、まぎれもなく男子一生の業として足りてなおあまりあるものであるということを明かにするべきであった。文学はそれだけの命と社会的奥行をもつものである。

二葉亭四迷もこの面からみれば、歴史の力に消耗されることを自身にゆるした瞬間、悲劇の一歩をふみ出しているわけである。

現実に面してひるまない精神ということと、何が出ようとも何とも感じず常にそこから自分にとって一番好都合の部分をかすめとって来る機敏さというものとは、全然別様のものである。