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でんえんのまぼろし

田園の幻

豊島 与志雄

「世界評論」1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,053 字 · 17 页

青空文庫

「何でしょうね。」宗吉が黙ってるので、私はふと呟いた。

「狐火かな。」

宗吉はまだ瞳をこらしていた。それから、私の呟きに対してならおかしなほど間を置いて言った。

「今時、狐火がある筈はないし……だが、あすこは、いけないな。」

その独語を、思い直したように、彼は酒杯を取り上げた。

「あすこって、あの杉の沼ですか。」

「まああの辺だろう。」

私も酒をあおった。燗を熱くした。

私はその杉の沼を知っていた。昔そこに巨大な杉の木が一本あったので、そう呼ばれてるのであるが、今は、四本の小さな杉が、大きな岩の四方に植えられている。岩はただの自然石で、昔はその上に小さな祠があった由。堤防のこちら側の裾のところである。その裾下に、灌漑用の堀川が通じていて、杉の沼というのも地名だけで、沼はなく、ただその辺は川が非常に深く、藻や菱が生えて、水がどんより濁っている。往々にして溺死人があると言われている。堤防を越せば清流で、広い深い渦もあること故、杉の沼なんかで死ぬ奴はよほどの酔狂だと、私は笑ったのである。

然しその夜、私はへんに肌寒い予感がした。投網の夜打ちなんかに行ったせいだろうか。