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たざきそううんとそのこ

田崎草雲とその子

吉川 英治

「文藝春秋 夏期増刊号」1932(昭和7)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,568 字 · 40 页

青空文庫

わずか見ぬまに、見違えるほど、窶れてはいるが、まぎれない火之見横丁の隣家のお房である。わが子、格太郎の恋人である。

『…………』

草雲は、路傍の樹蔭に、自分の姿と、涙で熱くなったその眼とを、凝と、隠して、佇んでいた。

お房は、気がつかない。

何処へ、何の使にゆくのか、小風呂敷を胸に、もっている。そして、背の子を、あやしながら、彼のすぐ前を、通ってゆくのである。

『ああ、子まで生したか』

彼は、心で、自分の喉を締めつけた。お房っ――わが子の嫁――思わず呼んでしまいそうでならない。

『不愍な……』

彼は、お房の母親が、格太郎と彼女との恋を、いかに憎悪しているかも、前からよく知っていた。あの火之見横丁の家にも、若い二人はもう住みきれまい。どこに、小やかな世帯をもったのか。どこを、流転の宿としているのか。

慕うにも慕えない、呪われた骨肉、――格太郎はその父を、お房は、母を。

何と、薄命な、夫婦だろう。

草雲は、眼をとじた。

『これも、時代の一縮図だ。ぜひもない犠牲者……』

眼をあいた時には、もう傷々しい彼女は、遠いすがただった。町は、やがての戦禍を予感するように、騎馬の人々、刀槍の人々を、戦慄する埃がつつんでいた。