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とざんだんぎ
登山談義
木暮 理太郎
「山」1935(昭和10)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,219 字 · 16 页
斯うして此等講中の人達は、十数日或は幾十日に亙る長い旅を続けて山を巡礼したので、目星しい山は皆登られていました。唯近年日本アルプスと称せらるる山の一部のみが、其儘に取残されて明治時代に至ったようなものの、若し徳川時代あたりに昔の開祖のような豪雄不撓の僧侶があって、相続いで新らしい山を開き、熱心に布教宣伝していたならば、恐らく彼等の足跡を印しない山は残っていなかったろうと想像します。吾等に取っては、勿怪の幸でありました。
茲に注意す可きことは、此等の登山は殆ど平民に限られていたことで、都の殿上人や歌人などが富士山を見物するのにさえ大騒ぎをしている間に、平民はどんどん諸方の山に登っていたのであります。この平民の団体登山が斯くも盛に行われたことは、信仰の力に依ることは勿論でありますが、我国の夏山の登山が容易であるということも、民衆的団体登山の早くから行われた最大の原因であると断言して差支ありますまい。
団体登山が行われて、年に幾千幾万という多くの登山者はあったが、一定の通路以外に山が荒らされるということは無かった。例えば途中の用便にも穴を掘り紙を布いて用をたし、跡を綺麗にして、ひたすら山を汚すことを恐れていました。