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しらねのふもと
白峰の麓
大下 藤次郎
「みずゑ」1910(明治43)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,238 字 · 45 页
着いた時に、パッと明るく障子に射していた午後二時の日の光は、三十分もたたぬうちに前の山に隠れてしまった。いまはまだ一日に一時間位い、この谷に日は照らすが、冬になると全く日の目を見ないそうだ。さぞ寒かろうと思う。
浴衣を貸してくれる、珍しくも裾は踵まである、人並より背の高い私は、貸浴衣の丈は膝までにきまったものと、今まで思っていたのだ。
浴槽は入口の近くにあって、五、六坪もあろう、中を二つに仕切ってあって、湯は中央のあたりに、竹樋から滔々と落ちている。玉を溶かしたように美しいが、少し微温いので、いつまでも漬っていなくてはならない。流し場もなければ桶一つない、あたりに水もない殺風景なものだ。湯は温微でも風邪にはかからぬと宿の人は保証する、風邪のときも湯に入ると治りますという、近在から来ている二、三の湯治客は、幾度も幾度も湯に入り、いつまでもいつまでも湯の中にいるのである。
長火鉢、これはこの火鉢が出来て以来、中の灰は掃除したことがあるまい。きっとないと請合える位いの穢なさだが、火も炭も惜気もなく沢山持って来られるのは、肌寒き秋の旅には嬉しいものの一つである。